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ナナイロノオトナミ

日々日常の心模様、音色、丸ごと日記。

学びの意味

相談交渉してみて、
話をすり合わせてみても合わないのなら、
ここは自分のいるべき場所ではない、
という事が分かる。
それが分かったという事の学びの回収。
との事だったんだけど・・?

すり合わせてみてちょっと違った・・
そして私の意図はあまり理解されていなかった。
本当はもう学びは回収してるのかもしれない。
でも何故か腹に落ちない。
そして感謝まで繋がらない。
私は学びの意味を少し取り違えていたのだけど、
今も取り違えたままなんだろう、きっと。
視点の変化を望む!



飲まれずに全面的になりきる

あ~ヤダヤダヤダヤダ。
ノート起こしなんてクソくらえだと、
ヤダヤダにカラ回ってました。
職場での今後については、
相談後クラス編成の見直しとなり、
それに伴って若い職員の子達の不安も炙り出され、
私なりに動いた割には引っ掻き回しただけ?
という感じが否めませんでした。
まだ学びの回収にまで至ってなかった。
不安なら、不安を感じてる自分に飲まれずに、
全面的になりきって一緒にいる。
先月からずっと飲まれまくってるけど、
全面的になりきると、飲まれる。
飲まれずに全面的になりきりながらも一緒にいる・・
お芝居をやってた割には、
今の私にはめちゃ高度な技のように感じる。
感覚で掴むしかないのだね。



キツイ

今日は卒園式でした。
当日までそんな感覚が全然なく、
滞りなく済んだけど、
これまでの卒園式とは違いフワフワした感じでした。
話は変わり、
私の体調、今後の働き方について、
その後回答を貰い、検討した結果、
今後近々契約社員へ契約変更する可能性をもって、
今は現状の契約で様子を見ていくことにしました。
保留と言うと聞こえはいいですが、
早番遅番はなくなりますが、
勤務時間に大差ないことや収入面を踏まえて、
あと2、3ヶ月位は様子を見た方がいいのではないかと、
自分なりに出した答えです。
でも、今の忙しさや自分が一杯一杯の状態で、
本当にこれで良かったのかは正直分かりません。
ノート起こしもろくにできず、
自分が自分を追い詰めてることは分かっているのです。
本当に本当に自分に正直に話せていたのかな。
そのまま返ってくるだけだから、キツイな。


分かる、のかもしれない

ノート起こしからの書き起こしではないのですが、
一応報告として。
2月終わり頃から向き合えなかった事。
交渉までいったのかは今少し微妙ですが、
自分の精神的にも今日話す機会がやってきました。
今後の働き方について、相談という形で、
今、体や日常生活に支障が出てきてる事、
勤務時間や日数を減らすことが出来るのか、等々。
事務局の方へ契約変更ができるのかどうか、
まずは聞いて貰える事になりました。
その後どうするか決める事になりますが、
まずは話を切り出せました。
もう話せない、無理だと言っていたのは、
確かに分かりやすい恐れ。
その更に奥にあった恐れは、
こんなご時世状況の中で今すぐ仕事を辞める事が決まったら、
この先の事が何も決まってないのに、
のたれ死んでしまう。
やりたい事云々どころの話ではなくなる。
生きていけないと感じていた恐れでした。
恐れとは、何だか色々と矛盾してるなぁ。
どうなるかは分かりませんが、
いずれにしても、
より良い道に進むようになってる事が、
分かる、のかもしれません。



さっぱり

何を書いていいのやら、さっぱり・・
仕事は行っている、ひなまつり会は無事終わった。
(気持ちが乗り切れない感じはあったけど)
翌年度の書類作成にも取り掛かり始めた。
相方との仲も深まっている。
けれど私自身が、
私自身の根幹にあるものに触れようとしないから、
職場で働き方についての話をする事も出来なければ、
彼の家庭環境からくる闇についても、
本当には理解する事ができない。
なんだかな・・


信じるしかない

今日は特に、
先日のワークの時の自分と近い自分を、
職場の中で感じていた。
片付けをしてるから、
やることがあるから・・
表面化するものの奥には、
意固地になって一人になろうとする自分。
パート時代はしょっ中感じていた。
今だからまた出てきてるのかな。
受け止められると信じるしかない。


空回り

あまり何も出来ず、ボーっとしている。
でも、身辺整理まではいかないけど、
少しだけ保管していた資料等々を処分した。
5年位前の資料だけど、
既にワークに通って5年位経っていたけれど、
ずっと何者かになりたかったんだなぁと、
改めて自分を認識した。
でも、その時々で、私なりに、
頑張ってもいたんだよなぁ、と。
来週の3日にはひな祭り会で人前に立つのに、
練習すら手につかず、どうしよう?
という心境だけど、
見るべきものを見ないうちは、
どうにもこうにも空回りなのである。